本書で紹介されている自治体の取組み事例のひとつに、東京・中野区の「おもてなし運動」があります。

 中野区では12年前に、顧客満足度向上の運動が始まり、堅苦しい言葉のままであれば、いつまでも浸透しないとの配慮もあってか、「おもてなし運動」という名前がつけられたのでした。それは運動の狼煙があがって、どれぐらい経った頃でしょうか。おもてなし推進員の初代リーダーの職員が、漫画「美味しんぼ」の中でこの言葉を発見したから命名したというエピソードを発表会で披瀝したのを何となく記憶しています。
しかしそれがある意味、禍を呼んだのかもしれません。口になじみやすい、ひらがな言葉が持つ運命か、当時たくさん立ち上がった庁内のシステムの中でも、「おもてなし運動」は最大の嫌われ者になりました。「おもてなし」は禁句であり、それゆえ、おもてなし推進委員なることをほとんどの職員は固辞する。何もわからない新任の職員をまるであて職のように任命し、委員会に送り込んだ部署もあったかもしれません。それでも、運動は途切れることなく、それこそ今も愚直に続いています。

 そんな中で、奇特なことに、おもてなし推進委員に買って出た人もわずかにいました。それは本当に稀有な存在で、上述の環境の中にあっては、「変人」と呼ばれことも必至でした。
本書の筆者である酒井直人氏は運動の黎明期からずっとこの運動に携わっていて、それゆえ筋金入りの「変人」として、庁内に深く認知されることになったのです。
とはいえ、石の上にも12年。今回、一流の出版社が全国に向けて発売する本書に、その名を刻み、知名度に拍車をかけたわけですから、酒井氏の戦術とそのたゆまない努力には本当に頭が下がる思いです。

 運動の効用は明々白々で、何よりも職員の区民への対応力は格段に良くなりました。先日、某自治体にいち市民として問合せをしたところ、非常に不快な経験をしましたが、たぶん相手が中野区職員だったら、こんなことにはならなかったと即座に思ったものです。

 「おもてなし運動」をさらに浸透させるにはどうすればいいのか、カイゼンのレベルに引き上げるにはどうするのか、課題はまだまだあります。現在、職員の人材育成を職務とする中、本書を精読し、他の自治体の取組みからもヒントを得ていきたいと思いました。